ジャッジしない生き方

実は私、ものすごく緊張症で(;^_^A

人前に出る時とか、苦手な事をする時とかに、すごく緊張してしまうんです。

先日もそんな事がありまして、

心臓はバクバクするし、口は乾くし、手に汗はかくし、

何より、精神的な切迫感が本当にイヤでイヤで(+_+)

「この緊張感、何とかならないのかなぁ」

と思っていた時、ふと思ったのです。

この症状を、私は今「不快だ」と思っているけど、

世の中にはこの危機感・恐怖感を、あえて求めていく人もいるんだよなぁと。

例えばバンジージャンプをする人とか...

そういう人たちは、普通の状態では逆につまらなくて、

ドキドキのスリルを味わいたくて、

あえて危険な事をしますよね。

ちょっと極端な例かもしれませんが(;^_^A

でも、このドキドキを楽しんでいる人もいると思ったら、

この緊張感を「不快」と判断しているのは『私』なんだなぁということに気が付きました。

緊張というのは単なる生理現象であって、それ自体には「良い」も「悪い」もありません。

それに「快」「不快」のジャッジを与えていたのは私自身だったのです。

「世の中には、この緊張感を逆に楽しんでいる人もいる」

「私も楽しんでみよう!」

と思ったら、

さすがに愉快な気分にまではなりませんでしたが(~_~;)

少なくとも、

「不快ではない」

と思うことで少し気持ちがラクになり、肩の力が抜けた気がしました。

そんなことがあって、ふと思いました。

これと似たような事を、私達は結構しているのではないか?と。

私達は、何が「良い」「悪い」と決めつけることで、逆に自分を苦しめてしまっていることもあるのではないでしょうか?

例えば、

人前で堂々とできないのはダメ。

社交的じゃないのはダメ。

友達が少ないのはダメ。

勉強ができないのはダメ。

結婚してないとダメ。

子供がいないのはダメ…など。

でも、それらは本当にダメなことでしょうか?

私達は何気なく「良い」「悪い」の判断をしていますが、

よくよく考えたら、「本当にそうなのかな?」と思うことも結構あります。

それらはいったい、誰が決めたのでしょうか?

それは、親や世間一般の価値観かもしれません。

過去の経験から自分で決めた、誤った価値観かもしれません。

もしかしたらそれは、

誰か、若しくはあなた自身が過去に自分に与えた、

単なる『思い込み』なのかもしれないのです。

何が「良い」「悪い」という『決めつけ』は自分を窮屈にしてしまいます。

私が「ジャッジをしない」「症状に抵抗しない」と決めた時に、肩の力が抜けてラクになれたように、

『ジャッジをしない生き方』も必要なのではないでしょうか?

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