愛されるよりも、愛することを。

昔、まだ学生の頃に、テレビドラマだったと思いますが、

俳優さんが、こんなセリフを言っていました。

「愛されるよりも、愛する方が幸せだ」

まだ学生ですから、当然この言葉の真意は理解不能で、

「何で?愛される方が良いに決まってる」と思いました。

でもその時、この言葉が妙に心に引っかかって忘れられず、

その後も時々思い出しては、その意味を考えるようになりました。

そして、今になってその意味が少し分かったというか、

「確かにそうかも…」と思えるようになりました。

何故なら…。

誰かに愛されるということは、その相手の愛を失う可能性がある、

ということですよね?

そして、

「相手にどう思われるだろうか」

「嫌われないだろうか」

と相手の顔色を伺ったり、相手の言動に一喜一憂することは、

度を超すとストレスになります。

つまり、愛されることは、

『失う恐れや不安と隣り合わせになる』とも言えると思います。

一方、自分はどう思われるかは置いておいて、ただ相手を愛するというのは、

その愛は自分から発するものなので、

自分が自分の意思で「やーめた」とならない限り、失うことはないわけです。

目の前にいる人が、ただ笑顔で幸せでいてくれればいい、

相手の幸せが自分の幸せ、

そのために自分にできることは何かを考え、行動する、

与えられる愛ではなく、与える愛。

そういった愛は、失う恐れや不安とは無縁です。

昔、俳優さんが言った言葉の真意は今でもよくは分かりません。

もしかしたらもっと道徳的な意味合いがあったのかもしれません。

でも少なくとも、精神的な、心の健康という視点からみた場合、

確かに、

『愛されるよりも、愛する方が幸せ』と言えると思いました。

これは男女の恋愛だけでなく、全ての人間関係に当てはまると思います。

誰かに、

愛されたい、

認められたい、

理解されたい、

許されたい、

評価されたい、

などの思いが、「自分は強いかも…」と思う人がいましたら、

そういう人は同時に、「そうならなかったら…」という不安も抱えているはずです。

それならば、いっそ、全て与える側にまわってしまって、

目の前にいる人を、

愛したい、

認めたい、

理解したい、

許したい、

評価したい、

と思ってしまうのはいかがでしょうか?

そうすれば、少なくとも、不安や恐れからは解放されるはずです。

不安や恐れは魂を委縮させ、本来のあなたの輝きを隠してしまう可能性があります。

そうすると、上手くいくものもいかなくなるという勿体ないことも起きてしまうと思いませんか?

ここで、私の好きな祈りの言葉をご紹介します。

聖フランチェスコの平和の祈りです。

『主よ、私をあなたの平和の道具としてお使い下さい

憎しみのあるところに、愛を

争いのあるところに、許しを

分裂のあるところに、一致を

疑いのあるところに、信仰を

誤りのあるところに、真理を

絶望あるところに、希望を

闇に、光を

悲しみあるところに、喜びを

もたらす者として下さい。

慰められるよりは、慰めることを

理解されるよりは、理解することを

愛されるよりは、愛することを

私が求めますように

私たちは与えるから受け

許すから許され

自分を捨てて死に

永遠の命をいただくのですから...』

私たちは聖人じゃありません。

常にこの様には考えられないし、100%完璧に行うことなんてできません。

でも、祈りの中に、「私が求めますように」とあるように、

まずは、そうありたいと思える自分を目標にして、

完璧じゃなくてもいいから、実践してみると、

心の平和が得られるかもしれません。

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